寡黙なお喋り

頭の中を垂れ流し

亀の歩みで堂々巡り。

絶対にやらなきゃいけないことが絶対にやりたくないことで、矛盾の板挟みにあっぷあっぷしてたら、やりたくないことができないことに格下げされそうで今すごく怖い。

自分の頭から湧き出る不満と弱音の滝に打たれながら、すこーーしずつどこかが変化していくアハ映像の如く進歩してるようなしてないような日々。

頑張らないで済むなら頑張りたくなんかないし、今のままで許されるなら今のままでいたいわな。

生きてく上でやりたくないこと多すぎない?
だいたい「やりたくないこと、面倒なこと」程生活の土台なのよね。だから、遊びたかったら遊べるだけの土台をもて!
という自分と

なんで私が私の人生でやりたくないことをしなあかんねん!我慢してる間に死んだらどうすんの!やりたいことだけやりたい!!!!
という自分とが冷戦中。

こうして見ると後者は本当に甘いなぁ。それに、やりたくないことこそさっさと早急に終わらせるべき。いつまでもだらだらだらだら宿題やってる間に夏休み終わるわ。面倒なこと程ちゃっちゃとやって、その後パーっと遊ぶ。
決着着かんまま「嫌や嫌や」言うて過ごしてる1日がもったいない。うじうじ停滞したまま進むことも遊ぶこともできんうちに人生終わったらどうすんの!
面倒事は早く終わらせてたっぷり遊ぶ!!



と、ネガティブから始まり書いてるうちに前向きになる現象なんなんでしょうね。でも今回のは根が深いのか電池がないのか錆び付いてるのかどうにもこうにも。

新しいことに飛び込むって怖いなぁ。
変化を嫌う恒常性?だっけ?それがものすごーーーーーーーーーーく働いてる。


人との関わりでえらい派手にひっくり返ったまま今に至るのにまた人と関わることに向かわなあかんとはこれ如何に。前と同じこと書いてる気がする。好きなものもある。頑張りたい理由もある。でも怖い。外が、というより落ちるとこまで落ちた自分の能力に直面するのが怖い。出来なくなったことが増えた。お喋りも、作業も、どこまで出来るかわからん。きっと空回りする。恥もかく。出来ない自分に直面する。そんな自分を他者に評価される。嫌や。

生きるために逃げてきたはずやのに、復活するのは逃げるより力がいる気がする。単純に、過去の痛みより今の痛みの方に敏感なだけなんだろうけど。

またここから大きく変わる分岐点やから、そりゃまぁエネルギーいるんやろうなとは思うけど。時間はちーっとも待ってくれへんね。もう8月。その癖急かしもせん。私のことなんか知りませんって置いてけぼりでただただ進むだけ。そりゃそうだけど。


生活が変わるって怖い。知らんこと尽くしの荒波に飛び込むって怖い。「冒険ワクワクするぜ!」の主人公タイプじゃないのよ。それでも今のままは嫌。このまま年取るのも嫌。絶対に嫌。ちゃんと自立して自分の生活を自分で営む。

こういうこと書くの何回目やろ。見てる人が呆れるね。同じところを堂々巡り。やりたくない なんてのは自分の感覚、好き嫌いと同じ。自分がどう思うかよりも淡々と粛々とやるべきことをやる。はい。
誰かここだけ私の操縦代わってくれという気持ち。こら。