そんなこと。

頭の中を垂れ流し

お客さま満足度

相手が可哀想とか向こうも苦労してるとかもうそんなの無視して私の心を削るやつは私に心のゴミを投げてくるやつは全員くたばれの気持ちを取り戻した。

全員くたばれはちょっとあれだから、うーん、「私には相手を救済しないし相手を満たさないという選択肢がある」という気持ち。これだ。


愚痴をね、毎日毎日聞かされるのが嫌で。
毎日毎日吐き出さなきゃやってられない相手の気持ちと毎日毎日罵詈雑言を聞かされるのに辟易した自分とでちょっと今日は参ってしまった。
人への侮辱とか文句、差別用語や罵倒の言葉を聞きたくなくて目も合わせず無視してたんだけど、不満や怒りを無視される相手の気持ちを考えると、私はめちゃくちゃ嫌なことをしてるのでは?とか考えて、でも負の言葉を投げられるのも本当に嫌で、私はゴミ箱かよという嘆きもあって、ウワーッって感じやったけど、毎日毎日相手を救済する必要も満たす必要も無いよね。ってことに今、気付いた。

多分、心のどこかで「共感しないといけない」とか「励ましたり慰めたりしないといけない」みたいな、相手が満足する対応を取らなくてはいけないという思い込みがあって(実践はほぼしてないけど。) そういう思い込みの要求に応えるべし!!嫌だ!!!の葛藤があったけど、そもそもそんな要求自体無いやんね。お金貰って年中無休の愚痴聞き屋さんをしてるわけじゃないし。


腹が立つのも分かるし嫌な気持ちになることも分かるんだけど、全てを受け止めることはできない。たまにならね、一緒に怒れるし話も聞けるけど。

そう考えると、自分が共感されない救われない満たされないこともある、というのも何となく納得というか理解できた気もする。

多分、一番聞いて欲しくて分かって欲しいのは私なんだろうな。言えてないこと山程あるし。それなのに「共感や救済をしなくてもいい」を認めちゃうと共感や救済を得たい私が納得できない。

思い込みの要求に関しては、私が、相手に「共感してくれる、助けてくれる。分かってくれる。そうに決まってる」って期待、要求してたのかも。
貴方の話は聞きませんが私の話は聞いてくださいじゃおかしいし、自分が救われる為には相手を救わないといけないという思いがあったのかも。(しかし吐き出される負の言葉に耐えられない板挟み)


でも、自分の為の相手じゃないし相手の為の自分じゃない。それに、0か100かじゃないよね。共感は出来ないけどちょっと救えそうとか、救えないけど共感は出来るとか、今はどちらも無理です、今は全力で味方する!とか。
そういうもんだよね。

「分かってくれない不満」がずっと自分の中にあったけど、分かってやれない気持ちも理解できた気がする。
伝え方の問題も大きいかもね。言葉が足りんと理解するのは難しいし、言わない癖に「分かってくれない!」もおかしいし。人を殴り倒すような言葉じゃ聞いてる方が殴り倒されるし。




相変わらず支離滅裂の脳内会議垂れ流し記事でした。